女性と名前
中世の系図を見ると女性は「女(むすめ)」と書かれ、名前は書かれていません。石清水八幡宮の成清が娘に白水庄を譲る「譲り状」にも女子とだけ書かれています。
女性は差別され名前は記されていないと言われています。しかしそれだけではないようです。当時、人々は呪いをかけられるのを恐れていました。呪いで殺されるとか、病気になるとかを信じていました。呪いに必要なのは名前です。名前は当時の大事な個人情報、男性でも実名で呼ぶことは避けられ、上総介など官名や、四郎、九郎とか呼ばれ実名は避けられていました。特に女性は弱いとされ実名は秘密でした。北条正子は例外中の例外です。女性を守るため名を秘密にしたのも一因です。