春日市・福岡市南区近郊で家族葬・お葬式のことならセレモール

最後の親孝行ができたと感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 

父が亡くなった後、日田市で、一人で生活していた母を福岡に呼び寄せて10年。

春日では施設に6年間お世話になりました。元気な頃は月に一度、故郷・日田に連れて行っていましたが、

体が弱ってからはコロナも追い打ちをかけ、それも叶わず、大変かわいそうに思っていた矢先の昨年12月、母は94歳で他界しました。

 

 

故郷への思いが心残りだったのですが、セレモールさんから想い出の地を巡る

「メモリアルクルージング」の提案をいただき、是非に!とお願いしました。

セレモール春日を出発して施設に立ち寄り、スタッフの皆さんとお別れを終えて、

母の一生の想い出が詰まった日田の実家に到着。

集まってくださったご近所の方、葬儀に参列できない高齢の親族ともお別れができ、

本当に想い出に残る時間を大切に過ごすことができました。

最後の親孝行ができたと感謝の気持ちでいっぱいです。

 

春日市 田中浩子

「感謝でおくるお葬式」を目指しています

 

葬祭業に携われて38年の歳月が経ちました。これまで続けてこれたのは地域の皆さまのご理解とご支援、そして一緒に働いてくれた仲間のおかげだと感謝しています。

私は主に葬儀の司会進行をさせていただいておりますが、一番大事にしていることは、ご家族の方と想い出を共有させて頂くことです。

葬儀式の最後に故人様にご家族の方が、「ありがとう」の感謝の言葉をかけている姿を見ることが出来た時に、一層感動しこの仕事をしてよかった思う瞬間です。

 

休日の過ごし方や趣味など

 

最近生まれてきた孫を含め、4人のおばあちゃんになりました。

遠方に住んでいるのでなかなか会うことは叶いませんが

一緒に過ごす時間は貴重であり楽しい時間です。(少し疲れますが。笑)

休日は一人でも温泉に出かけ、美味しいご飯を食べた後にちょっとお昼寝。

これが最高の休みの日の過ごし方です。

 

座右の銘や好きな言葉

 

「素直は基本の基本である」

偏見を持たずに相手の立場になって考える人でありたいと思います。

 

 

中世の系図を見ると女性は「女(むすめ)」と書かれ、名前は書かれていません。石清水八幡宮の成清が娘に白水庄を譲る「譲り状」にも女子とだけ書かれています。

女性は差別され名前は記されていないと言われています。しかしそれだけではないようです。当時、人々は呪いをかけられるのを恐れていました。呪いで殺されるとか、病気になるとかを信じていました。呪いに必要なのは名前です。名前は当時の大事な個人情報、男性でも実名で呼ぶことは避けられ、上総介など官名や、四郎、九郎とか呼ばれ実名は避けられていました。特に女性は弱いとされ実名は秘密でした。北条正子は例外中の例外です。女性を守るため名を秘密にしたのも一因です。

住吉神社は当時の平家に反抗し、神官昌助達は流罪となりました。流された先は伊豆でした。そこへ昌助の弟昌長が訪ねてきました。やがて近くにいた頼朝と親しくなり、昌長は祈祷や占いで頼朝に仕えました。頼朝の最初の蜂起、山木館の襲撃にも参加しています。その後石橋山の戦いの前に、頼朝の妻正子が伊豆山神社に避難する時、同道しています。自分の妻が逃げるとき、一緒に行かせるとは頼朝の信頼が厚かったのでしょうね。九州の人間が、頼朝の直接の御家人となり、正子とも近い関係だったとは、驚きです。昌助、昌長の兄弟は、流人の境遇から逆転、時の人となりました。人の運命とは不思議なものです。その後住吉神社が鎌倉時代筑前一宮を称し栄えました。

写真は伊豆山神社

脊振山は福岡平野の母なる山です。古代より信仰されていました。脊振神は平安時代の記録にも出てきます。祀られている神様は、市杵島姫命です。市杵島姫命は宗像三女神の一人です。宗像神社や広島の厳島神社で祀られている海の神です。海とは関係ない山に、なぜ海の神様が祀られているのでしょうか。

比叡山の延暦寺を開いた最澄や、弘法大師空海、禅宗を日本に持ち帰った栄西などは、中国に渡る前に脊振山に登り、渡海の安全を祈っています。脊振山は玄界灘を遠く見渡せ、また遠き沖合から博多湾に入る時の目当てとなったと思います。そこから航海の安全の神様の役割を持っていたのでしょう。

 

市杵島姫命 いちきしまひめのみこと

写真は「背振山頂の背振神社上宮」です。

天正十年(1582)大友軍は奪われた那珂川の岩戸庄を筑紫氏から奪い返すために攻めかかりました。大友軍は引き返すときに、農民七八百人が立てこもった中原城を攻めます。中原城は新幹線の車両基地の西側にありました。当時敵方についた農民の財産は奪われ、時には人そのものが略奪の対象となり売買されました。中原の農民は敵方とみなされました。略奪から逃れるため、農民は山の中に逃げるか、戦うかです。中原の農民は戦うことを選び、自分たちが作った城に立て籠もりました。中原の城は丘陵を利用した城で、広い堀もっていました。堅固で大友勢も攻めあぐねました。大友方は破ることが出来ず、去る時に「城はこのようにかしこき場所に作るものだ」とほめていたと記録に残っています。

写真は「中原城堀の跡」です。

道雪は勇猛で名高く、大友氏の筑前代官でした。筑紫氏は大友氏の傘下でしたが、この頃、佐賀の竜造寺氏に乗り換えようとしていました。筑紫氏は重臣島鎮慶を使者として、道雪のもとに送りました。鎮慶は江戸時代の記録では、居城は下白水の天浦城とされています。道雪は筑紫氏から使いが来たことに、自分の陣営に留まると喜び、鉄砲10挺、鉄砲の火薬2甕を筑紫氏に贈りました。また鎮慶には、傍らにあった、刀一振りを与えました。鎮慶も上機嫌で城を下りました。しかし、その帰り道、博多の大友氏の大事な絹蔵を襲います。道雪は激怒して、すぐに追手を差し向けますが、鎮慶は天拝山城に逃げ込みました。土産をせしめて裏切るとは、戦国時代の人は凄いですね。

図は「天拝山城の想像図」です。

いよいよ福岡地方ではお盆を迎えます(*’ω’*)

今回は、盆提灯迎え火・送り火のお話しです(*’ω’*)

 

お盆といえば提灯のイメージかと思いますが、

盆提灯を飾るのは、鎌倉時代に始まった風習であるといわれており、

お盆に帰ってくるご先祖様が迷わないようにする為の目印であると同時に、

故人の冥福を祈り、感謝を表すものでもあるといわれています。

 

まずは提灯の飾り方からご案内していきましょう(^^♪

 

盆提灯は、盆月の1日から10日までの間に、精霊棚や仏壇の前に対で飾ります。

地域によっては、飾られた提灯の数が多いほど故人が周囲の方々から慕われていたことを示すものとして、

たくさんの提灯を飾る風習の地域もあります。

最近では、飾るスペースが狭い家庭が多い為、小さくて質の良いものを飾ったり、

飾る数に対という定めはない為、1個で飾る所も増えてきています。

次に提灯の種類です。

提灯には地域柄や特徴によって様々な種類があります。

ここでは代表的なものをいくつかご紹介していきたいと思います。

大内行灯

一般的な盆提灯で床に置いて使用します。3本足で立たせ、その上に火袋を置き

上部に雲手がついています。

「大内」とは皇居の内裏を示し「大切な場所に置く提灯」という意味が込められています。

御所提灯

壷型の吊提灯のこと。岐阜提灯とも呼ばれます。

御殿丸提灯

吊提灯の一種で球型の火袋を持ち、手板と下輪に房を付けたもの。

住吉提灯

円筒形の長い吊提灯のこと。博多の住吉町で使われはじめ現在では九州を

はじめ北関東で主に使われています。

門提灯

玄関など家の外に吊り下げるお迎え提灯のこと。玄関や縁側に飾る。

ご先祖様が迷わず帰ってこれるようにという意味があります。

初盆用白提灯

清浄無垢の白で故人の霊を迎える意味で白木で作られた白紋天の提灯を使う事

が一般的です。

切子灯籠

切子灯籠は角を落とした多面体の火袋を持ち、下部に紙を垂らした吊灯籠。

浄土真宗では提灯を飾るという考え方がない為、灯籠を飾ります。

 

盆提灯は基本的に夜間のみ灯し、寝る前には消灯しますが、13~15日の間はご先祖様を

もてなすという意味で、行灯の灯りは日中もつけておきましょう。

提灯を片付けるタイミングですが、お盆明け~31日までの間に片付けると覚えておきましょう(*’ω’*)

色々な種類がありますね( ゚Д゚)

勉強になります(*’ω’*)

 

さて、お盆飾りの準備も整い、いよいよご先祖様をお迎えします。

迎え火・送り火についてお伝えしていきたいと思います。

 

〇迎え火…お盆に自宅へ帰ってくるといわれる先祖の霊を迎える目印として、玄関先や

庭などで焚かれる火のことをいいます。

また、ご先祖様が煙に乗って帰ってくるともいいます。

 

迎え火は盆の入り8/13)の夕方に焚くのが一般的で、玄関先で素焼きの小皿に麻殻を乗せ火を点けて燃やします。

昔ながらのやり方では、お墓参りの際にロウソクから盆提灯に火を移し、お墓から帰宅後に盆提灯の火で迎え火を焚いていました。

 

〇送り火…お盆の終わりにあの世へと戻る先祖の霊をお見送りするために、玄関先や

庭などで焚かれる火のことです。

 

送り火は盆明けや送り盆と呼ばれる8/16福岡地方では8/15)の夕方に焚かれるのが一般的です。

 

九州の「精霊流し」や、京都の「五山送り」などは地域ぐるみの大規模な送り火と

いえ、こうした行事のある地域では各家々の送り火のない所もあります(*’ω’*)

 

「精霊送り」とは、

昔、川や海の彼方に「あの世」があると考えられていたため、川や海に送り火として灯籠を流したり、藁で作った精霊舟に供物や飾り物を乗せて流したりする行事のことです。

最近では環境に配慮して海や川に流した後、川下や海岸で回収をされているようです。

精霊流しには精霊を送るとともに病気や災いも一緒に流すという意味があります。

「五山送り」とは、大・妙・法の三文字と、船・鳥居の形が炎で浮かび上がる精霊送りの行事です。

通説によると、京都で送り火の際に上空に投げた松明が山々に移り留まったものであるといわれています。

当社では8/15の18時~21時まで、セレモール春日・セレモール天神山にて会場を設営して精霊送りを行っております。

 

ご先祖様のお見送りが済まれましたら、ぜひ、当社の精霊送りに足をお運びくださいね(*’ω’*)

 

ご先祖様をお見送りし、お盆を締めくくる精霊送り・・・

本年もセレモール春日・セレモール天神山にて開催しますので

ご供養品をお持ちいただき、ご先祖様をお見送りください。

費用などはかかりませんので

ご近所の方もお盆で帰省された方も

お気軽にお越しください。

皆様のご参加を心よりお待ちしております。

 

セレモール春日 https://onl.sc/xNJiHrW

セレモール天神山 https://onl.sc/8wJwna9

 

お盆飾りには「ご先祖様が家に帰ってくることを華やかにお迎えし、おもてなしをする」という意味があります(*’ω’*)

 

お飾りをする期間としては、お盆期間中(7月または81316日迄)とされていますが、

福岡地方では一般的に8月13~15日までの期間で飾られる所が多いようです。

 

できるだけ12日の日中に飾るものの準備をすませ、12日の夕方~13日の朝には飾りつけを整えましょう。

 

盆提灯に関しては、お盆のある月の上旬より飾って良いとされています。

 

お盆飾りの片付けや整理は、ご先祖様を彼岸へお見送りし終えた後、16日の夜、または

17日中に行います(福岡地方では15日の夜、16日中)ふむふむ(‘ω’)ノ

 

なお、当社では15日の18時から21時まで、精霊送りの会場を設営致しまして、お供物のお預かりを致しております。

セレモール春日 https://onl.sc/xNJiHrW

セレモール天神山 https://onl.sc/8wJwna9

お気軽にお立ち寄りください(*’ω’*)

 

 

お盆飾りの内容についてですが、それぞれのご宗派や、地域性によって、多少違いがあるようです。

ここでは、一般的にお盆飾りとして多く用いられる物をご紹介していきます。

〇生花 〇真菰 〇水の子、閼伽水(あかみず) 〇精霊馬 〇素麺 〇昆布 〇ほおずき 〇霊前灯

〇お菓子 〇夏野菜、果物 〇故人の好物 〇御霊供膳 〇お団子     などです。

 

ちなみに浄土真宗は、浄土に往生すれば直ちに仏になるという「往生即成仏」という教えですので、

先祖が帰ってくるという考え方がなく、お盆に特別な飾り等をする必要はないといわれています。

 

しかし、盆提灯を飾ることに対しての制限はありませんので、盆提灯を飾る際には、

 

仏さまとご先祖様に報恩感謝を捧げましょう。

 

それでは、様々なお飾りや供物の意味についても考えていきましょう(^^♪(諸説あり)

〇盆提灯 …あちらから帰ってこられるご先祖様が迷わず家に辿り着ける様にと願いを込めて飾ります。

昔は灯りが贅沢品でしたので提灯飾りは最上のお供え物であるとされていました。

〇真菰(まこも) …結界としてお盆飾りの下に敷く簾(すだれ)状のゴザのことです。

真菰には、お釈迦様がゴザの上で病人を治療したといういわれもあり、

 

「病を癒やす」「邪気を祓う」という意味を持つ霊草として大切に扱われてきました。

〇鬼灯(ホオズキ)  …温かみのある色味と膨らんだ形から提灯と同じくご先祖様の目印になります。

ホオズキの中が空洞な事から、お盆の間、ご先祖様が魂を宿らせるとも考えられています。

〇精霊馬 …ご先祖様の乗り物といわれています。キュウリで馬を、ナスで牛を型取りします。

ご先祖様が帰ってこられる時は足の速い馬で、戻られる時は名残を惜しみつつ、

ゆっくりと行くために牛を用意するといわれます。

〇水の子・蓮の葉 …水の子とはナスやキュウリをさいの目に切ったものや、洗った生米を混ぜたものに

閼伽水(あかみず‐蓮の葉やミソハギで清めた水)を含ませたものを

蓮の葉の器に盛ったもので、煩悩を祓う意味があります。

 

また、ご先祖様や餓鬼道へ落ちてしまった方の喉の渇きを潤すためともいわれています。

〇素麺  ご先祖様が帰ってくる際は馬の手綱として、戻られる際はこちらからの

お土産をまとめるための紐として使うといわれています。

〇御霊供膳  仏前にお供えする精進料理のお膳の事です。

・親椀ご飯を丸く大盛にする

・汁椀‐お汁物(昆布だし)※鰹だしはつかわない

・平椀和え物や煮物

・壷椀煮豆、胡麻和え等

・高坏(たかつき)漬物等の香の物

配膳の位置は、それぞれの宗派ごとに異なります。

 

一般的に13日の夕食~15日の夕食までを準備します。

〇お団子  3種類のお団子を用意します。

・お迎え団子-13日にお供えします。タレやあんこのものを6個以上用意します。

・落ち着き団子お盆の中日にお供えします。団子に決まりはありません。

・送り団子お盆が明ける日にお供えします。何もつけない白い団子を用意します。

ご先祖様にお土産として持って帰ってもらい、あちらで好きな味付けで食べて頂くためといわれています。

 

上記にこだわらず、故人様の好物だったものや、日持ちのする缶詰やゼリーなど、

気持ちのこもったお供えをご用意いただくと良いのではないかと思います(*’ω’*)

早いもので、あっという間に8月になりましたね。皆様、お盆のご準備はお済みでしょうか?

 

そもそも、お盆って何?どんな意味があるの?そんな疑問に少しお応えしたいと思います(*’ω’*)

 

お盆とは、先祖供養の儀式で亡くなった方の霊魂が、浄土のあの世から現世のこの世に戻られる

期間の事で、家族とひと時を過ごし再び、あの世に戻っていくという日本古来の祖霊信仰と、

仏教が結びついてできた行事です。ふむふむ(*’ω’*)

正式には「盂蘭盆会~うらぼんえ~」サンスクリット語の「ウラバンナ」が語源となっており、

生前に悪行を行った者や、強欲だった者、俗世で供養されず無縁仏となってしまった者が餓鬼道で

地獄の苦しみを受けているのをこの世から供養することの功徳によって救いたいという願いを込めて営まれるものです。

 

又、お盆には、先祖の霊と一緒に身寄りのない霊や怨霊等もこの世に戻ってくると言われる為、

この霊を慰める為、施餓鬼(せがき)棚を設置し米や野菜をお供えします。

ただし、浄土真宗では阿弥陀如来様の教えによって個人の魂は浄土に生まれ変わり、となり

救われている為、供養によっては功徳を積む、盂蘭盆会は必要ないとされています。

なので、浄土真宗では施餓鬼(せがき)供養としてお盆を迎えます(*’ω’*)

 

お盆の期間は地域によって違いがあります。東京や関東の一部では7/13~16日(新のお盆)

関西や全国の広い地域では8/13~8/16(旧盆)に行われます。

元々(旧盆の頃)は7月にお盆を行っていましたが、明治時代、新暦が施行された際、

旧暦と新暦の差をふまえて一カ月遅れの新暦の8/15に行われるようになりました。

一部ではお盆の時期を新しい暦に合わせて7月に変更した地域もあり、7月に行われるお盆は

「新のお盆」8月のお盆は「旧のお盆」と、呼ばれるようになりました。

ちなみに、私たちの住む福岡地方は8/13~8/15の期間でお盆を迎えます(*’ω’*)

 

また、故人様が亡くなられて四十九日の忌明けもしくは、満中陰の後、初めて迎えるお盆の事を

「初盆」(はつぼん・ういぼん)「新盆」(にいぼん・しんぼん・あらぼん)と呼びます。

 

 

主に東日本では「新盆」、西日本では「初盆」と呼ばれることが多いようです(*’ω’*)

みなさん、こんにちは(^^♪

今日もまさしく、夏夏夏っ!!という天気で暑うございます( ゚Д゚)

そんな中、弊社のセレモールやよい坂の横のテナントに新店が入ったそうで、

事前情報によると、「ラーメン店」とのこと。

こりゃセレモールのラーメンマンこと、わたし、北田陽は早速、初訪麺してまいりました(^^)/

「麺 極み」さん

福岡市南区屋形原5-6-25

https://instagram.com/men.kiwami?igshid=YmMyMTA2M2Y=

 

 

お隣さんということで歩いて行ってきましたが、ドアトゥドアでわずか30秒ほどで到着。

この近さはありがたい(^^♪

店内を入ってすぐに、券売機で購入。

マヨチャーシュー丼とのセットを注文。先に、チャーシュー丼が着丼。

そして、写真を撮り忘れて完食( ;∀;) お腹がすいてたので、油断してました( ;∀;)

そして、セットのラーメンが着丼。ちゃんと写真を撮りました。笑

 

 

あっさり系統の豚骨スープにはしっかりと麺が絡んで、おいしゅうございました(^^)/

チャーシュー丼を完食していたにもかかわらず、替え玉追加。笑

そりゃ、働いても働いても、瘦せるどころか太る一方ですよね( ;∀;)

ごちそうさまでした(^^)/

みなさま、こんにちは(^^♪

本当に暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。

弊社でも、初盆祭壇の施行があったり、備品のメンテナンス、終活講座など

「暑い暑い」と言いながらも、すること満載でがんばっております(`・ω・´)シャキーン

そんな中、こんだけ暑いと食欲なくなるよねと言いつつ、体重の自己最高記録をキープしております。笑

忙しい時はコンビニやスーパーでお弁当というのも多いのですが、ちょうどお昼時に隙間時間が出来たので、

「暑い日はカレー!!カレーなら、ココイチでしょ!!」とのことで、久しぶりに行ってきました(^^)/

 

 

私はココイチなら、春日岡本店と決めています(^^♪

https://onl.sc/ERKTZKf

距離的な問題もあるのですが、いつ行っても店員さんの雰囲気は良いし、なにより、店内やトイレなどがすごく綺麗なんです。

飲食店の場合、個人店やチェーン店など多種にわたりますが、職業柄?なのか、

たくさんの人の出入りがあるがゆえに、エアコンの吹き出し口やテーブルの拭き上げ方、

備品の配置やアクリル板の綺麗さなどが目に付いてしまう、昔で言う「お姑さん」体質なところがあるのです。笑

どれだけ流行っているお店で料理(商品)の品質が良くても、気になってしまうのです。笑

逆に考えますと、私どもは「お葬式」という、一生のうちに何度も利用することがないがゆえに、

古くても室内や備品などは、「綺麗に衛生的に」を心に誓わねばなりません。

いつも完璧とは言えませんが(*´Д`)まだまだ、修行半ばです。。。

そして、今日も、とても綺麗で店員さんの感じもよく、お客さんもたくさんおられました(^^♪

そんな私も本日のカレーがこちら♬

 

 

「海の幸カレー 250gにカニクリームコロッケをトッピング」

非常に美味しくいただき、大満足でした(*’ω’*)

ご馳走様でした(*’ω’*)

 

 

下白水地区に戦国時代の城がありました。

鳥栖に拠点を置く筑紫氏の城でした。筑紫氏は、当時立花山に城を構え博多から福岡平野を支配していた豊前の大友氏と対立していました。筑紫氏は領地を守るためと、博多への交通路を確保するため、領地の最北端に位置する白水に城を築きました。城の規模は小さく、中心の主郭は丘陵の上に、広さ一反(約300坪)ばかりで、南方には小さな曲輪(くるわ)を置き、まわりを堀で囲んでいました。城の名前は江戸時代の記録では天浦城と書かれて、今ではこちらが一般的ですが、筑紫氏の記録では白水城となっています。多くても数十人が籠る程度の城だったと思います。

写真は「城の西側 急崖になっており城を守った。左側(泉地区)は当時湿地帯、堀の役目をした」